はじめに
健康な人はやめとけ。なの。いわゆる失敗エピソードなの。
個人輸入についても止めはしないけど推奨はしないなの。
あとこれはトラマの名を借りた社不ヤク中のバイトレポなの。
念の為トラマドールについてなの
ここ(前回トラマドールレポ)見ろなの。おしまい。
やった経緯についてなの
時は2023年7月に遡る──なの。
なんだか色々あって万年ニートのぼくにお仕事のチャンスが舞い込んできたなの。
それから流行り病に罹ったりなんなりしながらなんとかお仕事を始めることになったなの。
そこでぼくは何を思ったか「普通の精神では働けない…!」と思い込んで毎日トラマドール(のジェネリックのトラマール、以下トラマ)を50mgずつ食うことにしたなの。
眠剤と同じ時間に口にポイなの。
当時はとにかくセロトニンとノルアドレナリンがどうしても欲しかったなの。
経過なの
とりあえずお仕事の経過を話していくなの。
最初
最初はハキハキしてて常識のあるアルティメット人類だったなの。さいつよ仕事人なの。
でもお仕事が終わるたびに「この調子はトラマの力あってこそであり、これなしで働くことは考えられない」と思いつめるなの。完全に精神依存なの。
でも現状はそこまで困ってないので眠剤と共にトラマを口に放って床につく日々だったなの。
強いて言えば口渇が半端なかったくらいなの…?(肉体労働でもないのに仕事中は500ml超のペットボトル3本消費してたなの)
3週間後
そろそろ怪しくなってきたなの。
人間関係でボロが出始めるかつトラマに耐性がついてきたなの。
当初の有り余った社交性が急に消えて挙動不審さが目立つようになってきたなの。それに加えトラマの副作用である吐き気・食欲不振が出て1日に小さい菓子パン1個程度しか喉を通らなかったなの。
ぼくは悩んだなの。「トラマを増やせば社交性は盛れるかもしれないが吐き気多幸感等で業務に支障が出た場合どう言い訳をする…?」って感じなの。こんなブログ書いておきながら割と必死なの。言い訳に必死なの。自己保身は欠かさないのが秘訣なの。
結局、トラマを増やすことはなくそのまま働き続けたなの。
食欲不振でお仕事始まる前から8kgくらい減ってたのが決定要因だったなの。これ以上おくすりを増やして本当に何も食べられなくなるのが恐怖だったなの。
問題の1ヶ月半後
お仕事(とトラマ)を始めて1ヶ月半した頃。ぼくは栄養失調でやつれまくってたなの。お仕事がつらかったとかではなく本当にトラマの食欲不振に全てを持ってかれていたなの。
更にはお仕事のミスも増えていて就業開始1ヶ月半で既に立場が危うくなっていたなの。
それら色々危機感を感じたぼくは医者にトラマのことを伏せてやらかしや体調の話をしたなの。
そうしたら医者から適応障害の診断書と翌日からの休職→退職命令を出されたなの…。(もう一度言うけどお仕事がつらかったわけではないなの、医者も同僚も全てにごめんなの…)
エンディングだぞ泣けよなの
やっとお仕事から解放される!
そんなわけでぼくはついにトラマを減薬することにしたなの。
まずは1日断薬、次は2日断薬…。
すると1週間も経たないうちに食欲が復活、喉も全然渇かなくなるというわかりやすい復活を遂げてしまったなの。
離脱症状の反跳性うつみたいのもなくちゃんと真っ当な人間(※ヤク中)が誕生したなの。
その時の心境と言ったら複雑極まりなかったなの。
でもだからと言って職場には戻れないしでむずかゆい気持ちで休職期間を過ごすことになったなの。というか今も休職期間で微妙な気持ちなの。
職場への適応障害ではなくてトラマへの適応障害(?)だったと思ってるなの…。
…まぁ、その、そんな感じだったなの。
職場の人が見ていたら同僚に言いふらしても構わないなの。それだけのことをした自覚があるなの。
離職RTAany%を完走した感想としては「同チャート再走はしたくないです」なの。
この余ったトラマどうしようなの
ぼくの回答:遊びでたまーにODしてちまちま使い切ろう!
恐らく模範解答は今すぐ捨てる、だと思うなの。でも遊びで使う分にはとても好きなの…。
お給料で買ったハイプロン(前記事)と共に末永く楽しんでやるなの…毎日はもう食ってやらないなの…。
余談なの
8月~9月上旬、毎日のように鼻から鮮血が出てたなの。
トラマのせいじゃないかと思っていたけどその後止まってからはもう気にしていなかったなの。
でも今思い返せば血が止まったのは耐性が形成されただけじゃないかと思うなの…。
まとめなの
・ヤクなしで働ける職場を探すべきなの!
・あんな激強薬剤は毎日使うんじゃありませんなの!(そもそもがん患者等ヤバ疼痛人類に処方される薬剤なの!)
・医者と同僚、特に後者には大変ご迷惑をおかけしましたなの!
・飯が美味いって最高なの…!